駐車違反発見

早速新しい違反シール見ちゃいました


何も考えず路地を歩いて駅から自宅へ戻ったら
途中のろくすっぽ車なんか通らないであろう道でシール張ってある車を見た
(どきどきして自宅へ戻ったが自分のバイクはセーフ)


で、あちこちニュースなんぞ見ているがイマイチわからないことがある
この取り締まり強化目的は何?


もちろん違反駐車が原因で渋滞巻き起こるようなのはとっとと取り締まりかけてOKだと思う
んでも路地の片隅に止めてあるようなのまで徹底してやる意図はよくわからん
見逃せというわけでもないけども
取り締まることが目的になっちゃって
何のために駐車違反取り締まるのかが欠落してる
気がするのですよ
杞憂ですかね?


外国の事例で言えば英国が駐車違反取締りを民営化して
さらに競争原理利かせて、切符たくさん切ったらボーナスみたいなことやったら
ひどい状態になってしまったわけで・・・
日本でも同じことが起こるという確証はないけども
取り締まることそのものを目的化してしまったらその確率は高まるんじゃなかろうか


全体の一部だけを取り出し専門化させるという点で
これと似たようなパターンで成功例もある
(元ネタはピープルウェアという本より)


通常プログラムを作った時、そのテスト・デバッグプログラマ自身が行う
だがこれは「自分の書いたプログラムだから間違いはない(認めたくない)」という心理観点から
バグが残ることが少なくない


そこでバグの見つけ方の上手い人だけを集めてプログラムのテストだけを行うチームを
作ったら大成功したという話がある


この場合に限って言えば「バグはゼロが理想である」という徹底性が必要であり求められていたから成功した
現にこのテスト専門チーム、通称黒集団はテスト方法が情け容赦なかった
バッファに過負荷をかけて、空のデータ同士を比較し、入力をでたらめな順序で行う
大の大人がこのテストを見て泣き出したというのだから相当のものだったのだろう


だが、駐車をそこまで徹底的にやってしまったら各方面言われているように問題が噴出する
ある程度アバウトな方がこの場合上手くいくと思う
が、取締りのみが仕事な人たちにこの加減をする技量はあるのか疑問である
クレームがついたとしても取り締まりの人たちではなく警察の交通課にいくのだから
徹底性に対するブレーキになる要素が少ない
むしろ役人扱いなのだからガチガチな真面目人間が居ても不思議ではない


駐車の取り締まりが黒集団化したら・・・街中は快適に車が流れるかもしれないが
それ以上に多くの人が不快な感情を垂れ流すような気がする


やっぱり杞憂ですかね?