作る人

無ければ作るしかない、当たり前と言えばそれまでなんだけど


私もエンジニアの端くれのせいか、色々ドキュメントを書いたりする。
ここの作りはどーなってるとか、ここはこういう設定ですよ、とか。
ぶっちゃけプログラム言語そのまま翻訳して読んでくれると手間が省けてありがたいのだが
中々読んでいただけることがない。
コード読むより図で書いた方がわかりやすかったりとか
相手に読み解く時間がないとか
単純に読む知識がないとか
理由は色々。


それでもドキュメントは時間が許す範囲で、熱入れて書いてる方だと思う。
確かにそんなメタ生成物作るのはメンドクサイのだが、
一々しょーもない変更程度で召喚されるほうがメンドクサイからである。
2,3時間余計に費やして未来の問い合わせが一本減るなら安いもんだと思う。


しかし、中にはしっかりした取扱説明書と仕様書はあるものであり
いかなる物も異常起こすことなく動作することを前提とされる方もいる。
ならば一言添えてみる
「いやー、まだ作ってないんですよ。時間や予算がなくてねえ。出していただけますか?
取扱説明書も仕様書も安定動作も作る時間を。」
ま、あまり首を縦に振っていただけることはないのであるが・・・。


そういえば最近の結婚率ってのはものすごく低いらしい。
年齢も年齢なんでそろそろ反応してしまう年頃なんであるが
「イケメンで将来性があって、安定した収入があって優しい人」を作ろうって人あんまり見ないよね。
探してる人はたーくさん見るんだけど。


会社ですら、年功序列の崩壊以来優秀な人材を作り出すという発想は減ってきた気がする。
道具を使うのはチンパンジーでもできるが、道具を作れるのはまだ人間だけである。
無ければ作る。
結構忘れちゃいけないことなんじゃないかなーと最近思うようになってきた。